2015年06月18日

6/18 アメリカこぼれ話37 ヒトラーが尊敬したアメリカ人 ヘンリー・フォード


アメリカこぼれ話 37
JN協会理事 北村 嵩 (元 JTB取締役)

「ヒトラーが尊敬したアメリカ人 ヘンリー・フォード 」

 ヒトラーはヘンリー・フォードを崇拝し、執務室に等身大の
フォードの肖像写真を飾っていた。フォードはヒトラーが好意を
示した数少ないアメリカ人であり、若きヒトラーがその思想を形
成していく上で多大な影響を受け、敬愛してやまない人物であっ
た。一方、フォードは、ナチス党の運動を賞賛し、1922年という
早い時期から、外国人としては初めて、ナチスに資金援助をした。

00105.gif    我々がイメージするフォードは、
  20世紀初頭に自動車会社を設立し、
  大量生産システムを開発してT型
  フォードを製造・販売し、大衆が
  購入できる低価格を実現した実業
  家で、1920年代のアメリカ産業界を
代表する大立者にして時代のヒーローというものである。

 しかしフォードは反ユダヤ主義的思想を抱いており、会社が順
調に大きくなった1919年に、彼が生まれた町ミシガン州ディアボー
ンで、廃刊寸前の週間地方紙『ディアボーン・インディペンデント』を
買収し、その新新聞紙上で反ユダヤキャンペーンを行った。1920年、
フォードは同紙に連載された特集記事を纏めて『国際ユダヤ人』と
いう書籍を発売した。これは帝政ロシア時代の秘密警察が民衆の
不満をそらすために作成した偽書とされる「シオン賢者の議定書」
から着想を得た本であり、フォードのような国際的に名声を博して
いる実業家がその信憑性を保証した形になり、16ヶ国語に翻訳され、
広く世界に読まれた。当時、ナチの指導者となったヒトラーもこの
本を愛読して影響を受け、ヒトラー・ユンゲルトの教材にこの本を
使用し、ナチス党員の間で聖典のように読まれた。

彼の著書『我が闘争』でも『国際ユダヤ人』を引用している箇所
がある。1930年代にアメリカから世界経済恐慌の波がドイツに押し
寄せてくると、社会に不安が広がり失業者数が増加した。この社会
不安を背景にナチスが党勢を拡大し、1933年、ヒトラー が首相に就
任した。ヒトラーが最初に手がけた政策の一つが深刻な雇用問題の
解決であった。高速道路(アウトバーン)の建設という公共事業を行
うと共に、フォードのまねをして安価な大衆車フォルクスワーゲン・
ビートルの大量生産を行った。

00106.gif   国民は公共事業で職を得てこ
 の国民車を購入し、自動車の普及
 が消費と生産を拡大していった。
 この結果、失業者数も激減してドイ
 ツの不況は克服され、ヒトラーの奇
 蹟と呼ばれた。ヒトラーは1938年に
 感謝の意を表して、ヘンリー・フォー
ドに勲章を贈っている。

 国民的英雄フォードが長期間、 大規模な反ユダヤ・キャンペーンを
行った背景には、 当時社会全体を支配していた、大量に入国した東
南欧系移民に対する排斥感情の高まりがあったのである。





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2015年06月08日

6/ 8 アメリカこぼれ話 36「国立公園の民主主義」


アメリカこぼれ話 36
JN協会理事 北村 嵩 (元 JTB取締役)

「国立公園の民主主義」

 1872年にイエローストーンが世界初の国立公園に指定
されて以来、アメリカの国立公園制度は、ヨセミテの巨
大ダム計画反対運動及び自然保護運動を推し進めたジョ
ン・ミューアや、自ら国立公園視察を行い自然保護と国
民による自然景観の共有の必要性を認めて、道路や宿泊
施設の整備などに予算をつけた自身も登山愛好家でも
あったセオドア・ルーズベルト大統領などの努力により
順調に発展をした。国を挙げての努力の結果、今では動
植物や原生自然を破壊から守る世界に冠たる自然環境保
護システムであると賞賛されている。

 しかし国立公園が最初から崇高な理念に基づいて設定
された訳ではない。イエローストーンの珍しい景観は一
部の人には以前から知られていたが、1861年にモンタナ
で金が発見され、その道中で多くの山師や探検家の目に
触れ、その美しさが東部の新聞に紹介されて反響を呼ん
だ。これをうまく利用して鉄道の発展に結びつけようと
したのがノーザン・パシフィック鉄道の幹部で、“イエ
ローストーンを国立公園に!”というキャンペーンを始
め、政財界に働きかけた結果「イエローストーン国立公
園法」が誕生した。当時は鉄道会社の営業推進の側面が
強く、自然をそのまま保存するというよりは、素晴らし
い景観を残し多くの人に見てもらうという発想が主で、
管理は無いに等しくて動物の密猟や観光客による破壊な
どが発生していた。この頃のアメリカは「明白な天命」マ
ニフェスト・ディスティニーという掛け声の下に人々が
西へ西へと領土を広げて行きつつある時代で、利用価値
があるとみなされる土地は直ちに開発される運命にあ
り、国立公園指定の働きかけを推進する人たちは、“こ
の土地は、農業にも鉱業にも適さない利用価値のない土
地だ”と説明して説得していたのだ。

 イエローストーン国立公園誕生には1864年のカリフォ
ルニアにおけるヨセミテ州立公園の設置過程が大きく寄
与しており、実質的にはヨセミテこそ最初の国立公園に
ふさわしいといわれている。ヨセミテ渓谷にはミウォッ
ク・アワニーチー族をはじめ複数の先住インディアンが
住んでいたが、ゴールドラッシュをきっかけにこの地域
から追い出され、残っていた少数のアワチーニーの人た
ちも国立公園認定後に退去を命じられた。“乱開発から
原生自然を守る守護神”として神格化されたジョン・
ミューアなど白人知識人の自然保護派は国立公園の美し
い自然景観を守る上で重要な役割を果たしたが、その影
でグランドキャニオンやメサベルデ国立公園のように聖
地や祖先の住所跡に住むことが許されない先住インディ
アンの存在があり、20世紀までユダヤ人や黒人は国立公
園への立ち入りが禁止されるなど白人特権階級のための
民主主義であったことも忘れてはならない。



posted by JN01 at 17:59| 連載:アメリカこぼれ話