2016年08月22日

アメリカこぼれ話 44 禁酒地区で造られているジャック・ダニエル

JN協会理事 北村 嵩 (元 JTB取締役)

「禁酒地区で造られているジャック・ダニエル」

ジャック・ダニエルといえばアメリカを代表するバーボン・ウィスキー
の銘柄である。 “スクエアシューター”と呼ばれる四角い壜と滑らかな
味に特色がある。しかし正確に言うとバーボン・ウィスキーではなく、
テネシー・ウィスキーである。

バーボン・ウィスキーとはケンタッキー州のバーボン郡
で造られたウィスキーを指し、トウモロコシを使用し、
内側を焦がした樽で熟成させるものである。

ジャック・ダニエルは原料や蒸留法は同じだが、サトウカエデ
の木炭で濾過させて熟成させるのが特徴である。そもそもアメリカ
におけるウィスキーの製造は、アイルランドやスコットランドから
の移民がペンシルヴァニアなど東部地区でライ麦を使用して生産し
ていた。

しかし独立戦争後の新政府が財政困難で、税収を増やすために
ウィスキーに過重な税金を課した。そのために酒造業者が謀反を
起こし、政府に鎮圧されるという事件が起った。

この事件を契機に酒造家たちは、高い酒税を逃れるために、
中央政府の目が届きにくい、当時のアメリカの西部フロンティア
であるケンタッキーやテネシーで蒸留酒を造るようになり、
ライ麦の代わりにこの地方でよく獲れるトウモロコシを使用する
ようになったのである。

ジャック・ニュートン・ダニエルは1846年にテネシーで生まれた。
6歳で家出して農家に居候し、ハウスボーイなどをしながら金を貯め、
蒸留酒製造所を買い取った。南北戦争勃発前から、若いジャックは
造ったウィスキーを馬車に積んで近隣の町まで運び、夜中に収税史の
目を避けて酒場、レストラン、食料品店などに販売した。

戦争が終結した後に、幼い頃からの夢であったテネシー州のリンチバーグ
という小さな村に蒸留酒製造所を開設した。村のケイブスプリングという
地域の、鉄分を含まない泉の湧き水がおいしいウィスキー造りに欠かせな
いと考えたからである。

しばらくの間は彼のビジネスも順調に推移したが、やがて世の中では
禁酒運動が盛んになった。1920年、正式に連邦政府がアルコール飲料
の醸造、販売を禁止した。しかしそれ以前から、南部諸州の半分以上
で禁酒法が制定されて販売が難しくなってきていた。

禁酒法が施行されていた時代には、叔父ジャックの跡を継いだ
レイ・モトロウは、馬具や金物の販売をしながら過ごした。
解禁後に醸造を再開し、現在まで昔ながらの製法を継承し、
今では南部を代表するシンボルの一つになっている。

ジャック・ダニエルの広告には今でもリンチバーグの白黒写真を
背景に使っているが、この人口1000人余りの小村は禁酒法が過去の
遺物になった現在でも“ドライカウンティー”(禁酒地域)である。



posted by JN01 at 08:00| 連載:アメリカこぼれ話